石田三成の重臣・島左近の誕生地は近江なのか?滋賀県米原市の嶋氏館跡

滋賀県米原市の春日神社は石田三成の重臣だった島左近(嶋左近)の生誕地という説がある場所です。

>>春日神社の地図

島左近とは

島左近は島 清興(嶋 清興、しま きよおき)といい、豊臣五奉行のひとりだった石田三成を支えた家臣でした。もとは大和国(奈良県)の筒井氏に仕えていましたが、筒井家を出た後、当時四万石の領主だった石田三成に請われ領地の半分二万石を与えるとし、家臣となりました。その後、三成とともに各地を転戦し、最後は慶長五年(1600)の関ケ原の戦いで討ち死にしたといわれています。

解説の石碑

嶋氏館

この一帯は、今井氏の重臣『嶋氏』の館跡とされる。館の東側には北国街道の飯村川の渡しがあったことから、嶋氏が交通の要所を管理する立場にあったと考えられる。嶋氏については『嶋記録』に詳しいが、昔から嶋仲間が四組(角左衛門、新六、仁左衛門、十郎右衛門)あり、遺領の土地や位牌を守り毎年法要を行っている。石田三成の重臣嶋左近は当地の出身をいわれている。

平成八年十月 淡海文化

島左近は対馬国、大和国が生誕地という説もありますが、近江国が出身地という説もあります。その場所がこの春日神社があった場所です。もとは土豪の嶋氏の館があった場所で、その嶋氏から嶋左近(島左近)が出たということなのでしょう。

私の感想ですが、島左近(嶋左近)に関しては資料が少ないので、真相はよく分からないです。ただ主君の石田三成も同じ滋賀県出身なので、同郷の親しみ感があり仕えたのかもしれません。

嶋左近の誕生地といわれる春日神社にはこの解説の石板しかなく、土豪の館時代の遺構は残っていません。でも島左近に興味がある私的には一度は訪れたかった場所でした。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする